公民教育では「市民的資質の育成」が提唱されてきた。しかし、最近の青年における急激な投票率の低下は、「市民的資質」を云々する基本的前提を崩すものであり、これに対処する緊急の具体策を提示しなければならない事態にある。
20歳代の投票率の異常な低さは、昨年７月の参議院選挙（東京）において、20代前半の投票率が男子30％、女子33％であり、50代の半分以下であったことで明確である。この選挙は、小泉人気によって青年が政治的関心を高めていた時のものであり、この低投票率のもつ意味をきわめて深刻に受け止めるべきであろう。
武蔵大高校生意識調査（2000年）で選挙に「行く」と回答した者が33％であった。参議院選挙の結果から見ると、「行くと思う」と答えた者が実際に行く可能性が低い。この調査結果からは、学校教育において深刻な欠陥があることと言わざるを得ないだろう。
◇武蔵大高校生意識調査（2000年）◇
20才で選挙に「行くと思う」……33％
「どちらかと言えば行く」……23％
否定的回答……11％＋16％
政治関心の低さが言われるが、高校生のニュースへの関心はけして低くない。参議院選挙前の６月、読売新聞の世論調査では、日本の政治が「良い方向に進む」という20歳代の回答が98年の39％から81％へと倍増していた。このデータからは、社会情勢の変化による政治への関心や期待感の上昇が、青年の低投票率と関係のなかったことが判明する。政治関心の低さを低投票率の原因と見なす、従来の通説は誤っていることになる。
上述の高校生意識調査では、高1より高３が、女子より男子が、将来に希望がある者よりない者が、リーダー的な生徒より追随的な生徒の方が、選挙参加の意識が低くなる傾向が抽出された。学校生活での秩序意識や自治能力と投票行動に関係があるのではないかと思われる。投票が当たり前である、という意識を育てることが大切なのである。
ニュースに関心があると述べたが、それは投票につながりやすいニュースとは必ずしも言えない。青年の大半がニュース情報をＴＶから得ていて、話題性の強い報道ばかりに関心が集まり、継続的な社会問題への関心が育っていないのだろう。
煽情的傾向の強いＴＶに対応することより、学校ではＮＩＥ（新聞社が主導する「教育に新聞を」運動）を、総合学習や調べ学習とは違った新たな観点から強化すべきことが必要である。第１に、学校で社会的な話題に生徒が常に注目することの意義である。教師のサポートを得て、生徒がより深く社会問題を考察できることによって、こうした社会問題に関心を持つことが当たり前だという感覚を育てる効果が大きい。今注目されている情報収集と分析力の強化は、第２の意義と見なすべきだろう。つまり、新聞の見出しによって情報を探し、選択し、文章を読んで内容を得ること、この新聞を読む方法はインターネット・リテラシーと類似し、メディア・リテラシーとしても大きな意義がある。
教育上尊重しなければならない「良識ある公民たるに必要な政治的教養」の中で、実践的には最も重要であった投票行動を定着させる教育が、一体今まで尊重されてきただろうか。この思想的背景は、選挙行動は権利であるとともに、国民の義務であるという視点が弱かったことである。＜投票に行くのは当然である＞という秩序意識とその能力を育てて訓練することを、学校が計画的に教育しようとしたことがあっただろうか。
学習指導要領では、選挙の意義について考えさせることしか考慮していない。日本の社会科教育は、投票行動を育てる教育をしてこなかったことを反省し、対策を提示する必要があるのではないか。例えば、選挙において、最善の候補がいなくても次善の判断で投票していく訓練と意識付けが必要であろう。現実に存在している政党への親近感、少なくとも具体的なイメージを持たせることが必要である。学校行事において模擬投票を実施し、投票への積極的意識と能力を育てる責務がある。これ以外に投票率を上げる効果的方法が他にあるだろうか。
実際には、模擬投票すら忌避しようとするのが教育界の現状である。教育委員会が消極的姿勢に終始し、選挙管理委員会の危機意識からの積極姿勢とは対照的である。政治的中立性にこだわり政治活動を回避するあまり、学校教育の基本的課題を放置してきたのではないか。
田中愛治早大教授（政治過程論）によれば、若い世代の政党に対する愛着や政党政治に対する関心が低い。政治意識は、年をとれば政党に信頼感を高めるようなライフサイクル変化がなく、青春期に冷めた感情を現実の政治や政党に対して持つと、年をとってもそれが変化しないのである。
KIDS VOTING USA 教材
意思決定の図 Grade 6-8 Processing Information
重要な情報か、信用できる情報か、情報は十分にあるか、全体がわかるか
“Voting is the least arduous of a citizens duties. He has the prior and harder duty of
making up his mind.” ‐Ralph Barton Perry
KIDS VOTING USA 模擬投票の効果
社会−経済的なギャップを縮める、ジェンダーのギャップを縮める
親の学習を刺激する、棄権者を変える役割、親の投票率を高める
新聞を読む機会が増える……２倍、親は二度目の政治的社会化の機会
中学高校生の意識状況への配慮
後藤雅彦「模擬投票を取り入れた公民的分野の授業効果」『公民教育研究』８号、2000年より
P116……政治家を信頼していない割合が８割（有権者全体で67％、中３生徒で83％）
早くやめて、勝手にしたらと思う者、36％
社会や政治の実態を知らず、マスコミの攻撃的論調だけがすりこまれる
⇒政治的不信感だけが募り、展望を持たず、政治参加の意欲も弱い生徒が増える
◇模擬投票に向けて◇
厳正な雰囲気、模擬投票グッズ必須、日常的な選挙で繰り返すこと
議会の議員・政党調べ、情報収集、実態を知って親近感を得ること
選挙広報のみの掲示、分析
候補者-政党の選び方 ……人柄・実績・政策調べと評価
日本の学校教育の現状は、教育基本法第８条第２項に示された政治的中立性を、文言通りに実施するのではなく拡大解釈して、1980年代以降明らかになった青年の非政治的傾向を無視して、1970年代までの過激な政治活動の復活を恐れていた、というのが実態であろう。しかし、その間に先進国で最も政治関心の低い青年を育ててきたのである。1960年代の学生運動を受けて、他の先進国が18才選挙を導入して日本とは逆の方向に進んだからである。先進国の標準にならって、学校教育と日本の議会制民主主義を救わねばならないだろう。
18才選挙権は、多くの政党が基本的に賛成しながらも、政治日程にのぼらないのが現状である。その意義を明確に唱える教育界の動きこそが欠けている。これは、成人年齢の引き下げとも連動する課題であり、高等学校の教育が社会人としての基本的能力を育成しているかをも問われる。騒がれている「低学力」に決定的な証拠はないが、政治教育の遅れは証拠があるばかりでなく、日本の民主主義の将来に深刻な影を落していると言うべきだろう。